論文等

中国陶磁の意匠と寓意

著者: 今井 敦(東京国立博物館)

出版者: 東洋陶磁学会

掲載誌,書籍: 東洋陶磁 29号

2000年 3月 公開

関連研究員(当館): 今井 敦 

データ更新日2021-12-10

陶磁器をはじめとして、工芸品は本来ある用途・目的をもった実用品として製作され、使用されていた。器が使用される場や製作の意図に相応しい意匠が選択され、これらが繰り返し用いられながらしだいに定型化し、好ましい意味をあらわす吉祥図案として定着していったと考えられる。ただし、中国の工芸品の意匠に込められた意味内容は、現代の日本人には理解しにくいものも多い。
野崎誠近(のざきまさちか)氏が昭和3年(1928)に著した『吉祥図案解題(きっしょうずあんかいだい)』は、当時中国の民間で用いられていた吉祥図案を集成し、これに詳細な解説を加えた労作である。そこには、宮廷向けの工芸品や、過去の歴代の工芸品にあらわされた文様を含め、中国の意匠に託された意味内容を読み解く鍵となる事例が数多く収録されている。しかしながら、刊行から70年を経た今日に至るまで、その成果は作品の理解のために十分に生かされているとはいえない。以下の三つの問題について、おもに『吉祥図案解題』に依りながら、問題提起を試みたい。
1. 清時代の官窯では発音の共通性に基づく語呂合わせを駆使した寓意文様が発達しており、一見したところ静物画や風景画のようであっても、その背後には長寿や子孫繁栄を祝する意味が隠された一種の「判じ絵」である場合が多い。われわれ日本人が清朝の官窯磁器を親しみにくく感じる原因の一つとして、意匠家が伝えようとしたメッセージを受け止められないことがあげられる。また、極端なまでの寓意文様の発達は造形を過度に拘束することになり、清時代後期の磁器の様式にみられる閉塞状況を招く一因になっていたと考えられる。
2. 明・清時代の工芸品の意匠に託された意味内容はこれまでしばしば分析の対象にされている。一方、これに先立つ宋・金時代に、磁州窯の器物に頻繁にあらわされている蓮、水禽、魚、鹿、牡丹などのモチーフからも、やはりさまざまな吉祥の寓意を読み取ることが可能である。また発音の共通性によって吉祥句を表現していると解釈できる例も多い。この種のきわめて発達した吉祥文様は、当時の成熟した市民文化の産物ということができる。また、身近な動植物に吉祥の意味を見出だし、これを積極的に文様に取り込もうとする姿勢は、絵画風の文様表現の発達を促す大きな要因になっていたと考えられる。
3. 元時代の青花磁器に描かれている文様と、江南地方の職業画工のレパートリーとの間に共通性があることは広く認められている。これは絵画から磁器への影響関係と考えるよりも、晴れの場に飾られる絵画やそこで用いられる器に同じように好ましい意味をもった題材が求められ、それゆえ共通のモチーフがあらわされたと捉える方が適切であると思われる。たとえば、蓮池水禽や藻魚の図は、元時代以前より描かれ続けている吉祥図案であり、宋代の陶磁器にも数多くの例を指摘できるのである。さらに、意匠に託された意味内容に着目することにより、元様式の青花から明・永楽様式の青花への展開の方向性が明らかになる。蓮や慈姑(くわい)が生い茂る蓮池の図は発展や繁栄、とくに子孫繁栄を寓意する。束蓮文(Lotus bunch)は、蓮池図を構成する水辺の草花をリボンで束ねるという視覚的な表現によって組み合わせを示し、蓮池図と同等の意味をあらわす吉祥文様と考えられる。すなわち、より全体の調和を重視する様式が追求される過程で、蓮池図は束蓮文に置き換えられたのである。この「造形の調和の優位」、および「視覚的表現による意味の伝達」は、明初の官窯において、民窯とは一線を画する様式が完成されるときに、重要な因子として働いていたと考えられる。
意匠に込められた意味を読み解くことは、製作の背景や使われ方を知るために不可欠の作業であるばかりでなく、様式の展開を考える上でも有効な視点である。なぜなら、陶工や意匠家たちの関心は、好ましい意味をあらわす題材をどのように造形化するかという点にあったはずだからである。