論文等

明代後期の官窯磁器の様式に関する一考察―漆器の意匠との関連をめぐって―

著者: 今井 敦(東京国立博物館)

出版者: 東京国立博物館

掲載誌,書籍: MUSEUM 第598号

2005年 10月 15日 公開

関連研究員(当館): 今井 敦 

データ更新日2021-12-16

嘉靖年間(1522~66年)は、明代陶磁史の転換点とされている。嘉靖期の官窯の作風の変遷を、前後の官窯の作風との連続性、あるいは銘款の入れ方から考えると、黄地青花や単色の釉上彩、青花を用いず釉上彩のみの絵付けがなされた作例の多くは枠のある「大明嘉靖年製」銘が記されており、枠のない銘をもつ青花五彩や紅地緑彩、紅地黄彩よりも先行すると考えられる。二重円圏内の嘉靖銘が記された緑地紅彩は、黒い絵具による輪郭線が加えられていない点で、成化官窯の緑地紅彩に近い。嘉靖年間の官窯の作風が変化した要因として、官搭民焼制、すなわち民窯への委託焼造が本格化したことが指摘されてきたが、民窯の技法や文様が取り入れられたことにより官窯の様式が転換したとする説明は、具体性を欠くきらいがあるのではないかと思われる。
明代後期の官窯でさかんに作られた方形合子のなかに、木胎の合子の構造を写した例がある。嘉靖官窯、とくに紅地緑彩や黄地紅彩には変形の器種が多く、俗に枡鉢と呼ばれる角鉢や角皿などは、漆器の器形を模倣したと考えられる。紅地緑彩や黄地紅彩と彫彩漆、いわゆる紅花緑葉との影響関係はこれまでにも指摘されているが、彫彩漆以上に色彩感覚や文様表現の上で類似性が認められるのが存星である。赤で輪郭線をあらわす古赤絵や明代前期・中期の紅地緑彩に対して、黒の線描を加えることが嘉靖官窯の雑彩の新機軸であり、これは存星に触発された表現とみることができるのではないか。
嘉靖期の官窯では、民窯のいちじるしい発展と磁器の普及、そして膨大な量の焼造命令による量産化の要請を背景に、新たな様式が模索され、作風が多様化した。その過程で他の材質の工芸品の意匠が取り入れられ、なかでも漆器の器形や文様表現から大きな影響を受けた。絵付け技法では、前代から継承された上絵具を塗りつめる手法をもとにして、紅地緑彩、紅地黄彩がさかんに行われた。漆器の文様表現が模倣されたのは、色彩美を求める時代の風潮のなかで、多色の表現に関しては、彫彩漆や存星などの漆器の方が先行して発達していたためと考えられる。