
包括的保存システムの原理の確立と具体化が本研究の目的である。臨床研究としての保存科学を実践するため、これまで東京国立博物館が所蔵する文化財コレクションに対して、基礎研究に留まらず、平成10年度からさまざまな手段、方法論、処置法、装置類(コンサーヴェーション・ツール)を開発・整備してきた。それらは測定(Measure)、分析(Analysis)、改善(Improve)、管理(Control)という4つの段階に分類される。 しかしこれまでに開発した保存管理手法は、1)履歴・環境情報の収集と解析に時間を要する、2)将来予測と改善策の立案が困難であり、その結果として、3)総合的判断による意思決定が困難、4)最適化処置の遅延が生じる等の問題点をもつ。これらは、測定のためのセンサーネットワークの高密度・高精度化、多様なデータの空間情報データベース化、分析・評価法の確立、最適化のための意思決定方法の確立と、それらの統合によって解決が可能となる。


文化財の保全に向けた実空間での対処と、処置の結果をデータとして確認・分析・評価・判断する情報空間とが高度に統合されたシステムを開発・提唱し、実際に稼動させてリスク軽減効果を評価するため、下記の5点に関するサブシステムの確立を目指す。
1) | センサーサブシステム:文化財に固有な属性情報、劣化・損傷の発生に関る要因(Critical To Quality:CTQ)の診断情報、環境情報を把握する |
2) | データ管理サブシステム:情報を管理する |
3) | 分析サブシステム:データが生成された空間と関連づけた分析を行う |
4) | 意思決定サブシステム:分析結果に基づきCTQを評価し改善案を策定する |
5) | 最適化管理サブシステム:改善策の実施状況を管理し、評価する |

国立博物館が有する12万件余りの文化財の保全と公開に関し 現在の水準を遥かに越える安全性と持続性が付与されることになり、実践と理論の両面においてナショナルセンターとして実質的な機能を果たすことが可能になる。 プライマリ・ケア・システムによる具体的な文化財保全の方策と組 織を提示することは、文化財の安全な公開を保障し、最適な保存を確立するための基盤となる保存哲学(コンサヴェーション・フィロソフィー)と方法論を提供するものである。
人と文化財を取り囲む環境を最善の状態に作り上げていくには、高度な視点から解決を探るべきである。わが国の博物館学や文化財保存学等において、従来顧みられることがなかった新たな文化財保存の手法を確立するために、臨床保存の観点から包括的な保存システム構築を目指すのが本研究である。人間・環境・文化遺産の相互作用を数量的に捉え、それらの最適な関係を検出するための理論と仕組みを創出する点で、わが国では試みられたことのない極めて独創的な課題である。 さらには、博物館が今後とも文化財を継承し、社会とのコミュニケーションを図るに相応しい中核の場として機能していくために、必要となる次世代の保存システムを内外の博物館に提起する意義ある研究であると考える。