論文等

惟肖得巌賛李白観瀑図試論―馬遠派観瀑図の受容

著者: 救仁郷 秀明(東京国立博物館)

出版者: 勉誠出版

掲載誌,書籍: コレクションとアーカイヴ―東アジア美術研究の可能性(板倉聖哲・塚本麿充編)

2021年 12月 28日 公開

関連研究員(当館): 救仁郷 秀明 

データ更新日2022-02-28

 東アジア絵画における観瀑や瀑布の表現はいつ、どこで生まれ、どのように展開してきたのであろうか。本稿はそれを考察する端緒として、室町時代の観瀑図のうち、現存最古の作例として知られる惟肖得巌賛「李白観瀑図」(個人蔵)に焦点をあて、室町時代における馬遠派観瀑図の受容の様相を明らかにしようとするものである。
 惟肖賛「李白観瀑図」の作者が依拠した先行作品と様式については、これまで馬遠派との関連が指摘されてきた。しかし馬遠、馬麟の基準作には構図、図様の面で強い関連性を示す作例が見当たらない。
 そこで本稿では視野を広げて、『中国絵画総合図録』初編および続編に収載される馬遠、馬麟、そして馬遠様式を継承し日本で尊重された孫君沢という三人の画家の伝称作品、さらに東京国立博物館所蔵の狩野派による中国画模本を惟肖賛「李白観瀑図」の比較対象とした。
 比較の結果、惟肖賛「李白観瀑図」に見られる、瀑布を遮る三角岩、左腕を背中側に回し横たわる人物、輪郭線をともなう雲霞といった特徴的なモチーフは、馬遠・馬麟の伝称作品に類例が認められた。瀑布を眺める人物の詳細な描写形式は、馬遠自身の山水人物画のそれに近いが、今回比較対象とした作例の中では、「孫君沢李白観瀑図」(模本)が非常に近く、注目される。また惟肖賛「李白観瀑図」の構図は、南宋・馬遠派のように余白をたっぷりとった、明快な対角線構図を踏襲するのではなく、むしろ孫君沢の作品や、やや複雑化した構成の明代の伝馬遠画に近似している。
 惟肖得巌賛「李白観瀑図」における馬遠派観瀑図の受容のしかたは、南宋の馬遠派のみならず、元時代の馬遠様式継承者、さらには明時代の馬遠様式継承者による作例をも積極的に参照しつつ、それらを複合的に活用して制作したものといえるだろう。