論文等

《新収品紹介》色絵翡翠文平鉢

著者: 今井 敦(東京国立博物館)

出版者: 東京国立博物館

掲載誌,書籍: MUSEUM 第616号

2008年 10月 15日 公開

関連研究員(当館): 今井 敦 

データ更新日2021-12-16

 色絵翡翠図平鉢は古九谷様式五彩手の優品として知られている。見込み中央の円窓の中に描かれた梅枝に止まる翡翠の図は雅致に富んでいる。また、緑、黄をはじめとする各色の上絵具の発色の美しさも特筆される。外周部に厚く塗られた上絵具は周縁部に向かって流れている。すなわち、上絵具を焼き付ける際に、天地逆に窯詰めし、伏せ焼きしていることがわかる。
 古九谷様式は、考古学的発掘調査により、中国から色絵の技術が導入されて間もない時期に焼かれたことが明らかになった。直接の祖形となったのは清時代初期に焼かれた五彩磁器と考えられる。南京赤絵の諸要素のうち、上絵具の色彩と質感とに着目し、この部分だけを増殖させていったのが古九谷様式五彩手と考えられる。上絵付けの際に伏せ焼きする手法は中国には見られず、一方古九谷様式の色絵磁器では五彩手、青手を問わず広く行なわれている。したがって、伏せ焼きによる上絵付けは、上絵具の厚塗りのために日本で工夫された技法と考えられる。この厚塗りこそが五彩手と青手の接点であり、ひいては古九谷様式の本質であるとみることができる。
 上絵付けにおける伏せ焼きの手法は、上絵具の厚塗りとともに、上絵具が流れて拡散する効果を生み出した。この上絵具の動きが、古九谷様式独特の昂揚する気分を生み出すのに重要な役割をはたしていることは疑いない。そして、吉田屋窯をはじめとする再興九谷諸窯の色絵磁器に流動する上絵具の効果がみられない点は留意すべきであろう。
 古九谷様式の色絵磁器は、日本で焼かれた各種の色絵磁器のなかでも最も豊かな創意が盛りこまれた一群といえるだろう。中国から技術を取り入れながらも、大胆な構図と濃厚な傅彩とによって色絵の新たな可能性を切り開いている点は、創造的な和様化と評価することができる。古九谷様式については産地をめぐる論争が続いているが、これまで「古九谷」とされてきた色絵磁器の素地の多くが肥前産であることは動かなくなった。古九谷様式の色絵磁器を日本陶磁史、さらには東アジア陶磁史の上に的確に位置づけるためには、この「創造的な和様化」の具体的な内容を明らかにしてゆくことが何よりも肝要であろう。