口頭発表

使う器の魅力へのアプローチ―特別展「染付―藍が彩るアジアの器」を例に

学会,機関: 東京国立博物館 教育普及国際シンポジウム「伝統文化を伝えるために博物館ができること」

発表者: 今井 敦(東京国立博物館)

2010年 1月 24日 発表

関連研究員(当館): 今井 敦 

データ更新日2021-12-10

 当館では平成21年(2009)7月14日から9月6日まで特別展「染付―藍が彩るアジアの器」を開催した。中国、ベトナム、朝鮮、そして日本で焼かれた染付を題材に、染付の特性、および時代や地域による多様性を概観する企画であった。身近であるだけに見過ごされがちな陶磁器の美をテーマとする展観だけに、展示手法にも従来にはない工夫の必要性が感じられた。
 この展覧会はマスコミの共催をまじえない自主企画展であり、館内の研究員から企画を募りコンペによって決定された。実際の作品への食品サンプルの盛り付け、古陶磁を用いたテーブルセッティングは構想段階から盛り込まれた。食品サンプルの盛り付けは、江戸時代後期の伊万里染付大皿のデザインが、盛り付けられる食品と一体のものとして楽しむように作られているのではないかという解釈に基づいている。この場合、飾り皿のようにケースに展示しても、当時の作り手や使い手の意図は伝わらないと考え、網目文様の大皿には魚介を、羊歯の葉を描いた大皿にはマツタケを盛った。また、博物館の収蔵庫内にはたいへん魅力的でありながらも、形が小さいなどの理由で通常の方法では展示映えせず、出番の少ない作品が数多くある。学芸員としてはこのような作品の魅力を伝えたいという気持ちを常に抱いていた。とくに「脇役」としての染付の存在感を示したいと考え、ジャワ更紗を敷きその上に各種の古陶磁を置き合わせたテーブルセッティングや、「月見の茶会」のディスプレイを試みた。しばしば誤解されるが、歴史的な陶磁器の使われ方を考証して再現したのではない。作品の魅力をより引き出すための試みである。
 現代では使い捨ての器を用いる生活様式が急速に広まり、狭義の伝統文化だけでなく、陶磁器を用いる生活自体が日常から縁遠いものになりつつある。若い世代を中心に、博物館の観客からは「陶磁器の見方がわからない」という声が聞かれるようになり、伝統工芸作家の生活基盤も脅かされている。多くの文化財を守り伝える博物館こそ、魅力的な器が生活を潤し心を豊かにすることを語ってゆかなければならない。動物園における「行動展示」のように、観客と作品との間の距離を縮めるためのアイディア、そして行動が求められている。