口頭発表

樂長入の創意について

学会,機関: 茶の湯文化学会 東京例会

発表者: 今井 敦(東京国立博物館)

2021年 10月 23日 発表

関連研究員(当館): 今井 敦 

データ更新日2021-11-02

 長入は樂家第七代。初代長次郎、三代道入、五代宗入、九代了入らと比べると、その評価は高いとはいえない。長入の活躍期は、政治史ではいわゆる田沼時代、文化史では宝暦・天明文化期に相当する。この時期は、茶の湯が町人層にまで爆発的に広まり、家元制度が確立した。長入の茶碗もまた、茶の湯の形式化と結びつけられて語られることが多い。
 京焼では尾形乾山が江戸入谷に下向してから、奥田頴川が磁器の焼成に成功するまでの、半世紀余りの名工不在の空白期にあたる。しかし、この時代はけっして芸術・文化の低迷期ではない。とくに絵画の分野では、円山応挙、伊藤若冲、曾我蕭白、池大雅、与謝蕪村といった名が綺羅星の如く並ぶ。文学の世界では上田秋成が現れ、また文人趣味とともに煎茶が流行した。
 東京国立博物館に長次郎七種の鉢開の長入による写しがある。透明感と光沢のある黒釉が施され、口縁は波打ち、見込みは箆で茶筅摺りに段を付け、そのまま螺旋状に茶溜まりに続いている。そこには古楽をそのままにコピーする意思は認められない。すなわち、江戸時代中期を生きた長入の長次郎理解なのである。
 長入が生きた時代は、若冲、蕭白らによって「奇想の黄金時代」が現出した。この時代の茶の湯もまた、そうした時代の空気と無関係ではなかっただろう。長入もまた、「奇」を求め、異端をむしろよしとする、時代の感性に共感する部分があったとみることができるのではないだろうか。