口頭発表

説話文学にみられる器のイメージ

学会,機関: 説話文学会 2025年度大会

発表者: 今井 敦(東京国立博物館)

関連web: http://www.setsuwa.org/

2025年 7月 12日 発表

関連研究員(当館): 今井 敦 

データ更新日2025-07-13

 説話には、さまざまな脚色はあるにしても、支配階層に限らず、当時における幅広い階層の生活ぶりが活写されている。そこで説話文学に登場する小道具としての器の描写から、当時の文化における器のあり方、価値観、評価などについて考えてみたい。
 美術史学の方法論では、器の価値観や評価を当時の文化のコンテクストのうえで把握することが困難である。どう使われていたか、どのようなものとして捉えられていたかを解き明かすことが一番難しい。考古資料は、墳墓や経塚などに埋納された遺物を除いて、廃棄された状態を出発点にせざるをえないという弱点がある。そこでしばしば絵画資料が援用されるのだが、描かれた時代や場面設定に偏りがあり、またどこまで当時の実態を忠実に描き出しているのかという問題がある。
 一方、『今昔物語集』『宇治拾遺物語』『古事談』などの説話文学に現れる器は、短い文章の中でリアリティーをもたせる舞台道具の役割を果たしていると考えられる。
 文学作品に基づく器の使われ方をめぐる考察としては、これまで舶来の高級な青磁を意味する「秘色(ひそく)」が登場する『宇津保物語』藤原の君や『源氏物語』末摘花などが取り上げられてきたが、ここではこれよりランクが格下とみられる国産の陶器、土器に目を向けたい。『今昔物語集』巻二八第二一「左京大夫□、異名の付く語」は十世紀後半の平安京を舞台としており、「青経の君」とあだ名で呼ぶことを禁止したルールを破ったペナルティーとしての宴会を主催する場面で、衣服から器まで「青いもの尽くし」の舞台装置が用意される。ここで「青瓷(あをし)」の盤や酒瓶が登場する。これは中国産の青磁ではなく、国産の緑釉陶器を指しているとみられる。青いもの尽くしの場でことさらに「青瓷」が起用されているということは(実際この時代に中国からもたらされた越窯青磁の多くはオリーブ色を呈していて青くない)、この種の器物が宴席の場で用いられる一般的な食器というよりも、本来儀礼の場などで使用される性格のものであるということを暗に物語っているのではないだろうか。
 また、『古事談』第二臣節の四二「顕頼、床子の座にて夜食の事」は十二世紀前半の平安京を舞台としており、弁官たちが腋陣において夜食に味噌雑炊と山芋の焼いたのを供される場面で「黒器」が登場する。したがって、「黒器」は間に合わせの器としては上流社会で用いられることが無かったわけではないが、庶民的な性格をもつ器であることが窺われる。この「黒器」は、考古学の成果と照らし合わせれば、燻し焼きし、磨きをかけたかわらけである「瓦器」と考えるのが妥当ではないかと思われる。瓦器は十一世紀から十三世紀にかけて、とくに西日本においてきわめて日常的な器として用いられていた。「瓦器」の呼称は、屋根瓦と色合いが似ていることによる近代のネーミングであるが、もしこの見立てが正しければ、「瓦器」の同時代における呼称は「黒器」であったことになる。『宇治拾遺物語』三三「大太郎、盗人の事」では「黒き土器」に盗人の大太郎が酒を注いでもらっており、当時における黒いかわらけの用いられ方の一端が知られる。
 以上、説話文学における陶器、土器について二例を挙げたにすぎないが、国文学者との共同作業は、当時の生活における器の使われ方や価値観、評価をさぐる大きな可能性が秘められているといえるだろう。