論文等

《作品紹介》前田利鬯の箱書がある「古九谷」色絵香炉およびその類品について
“Kokutani” Style Incense Burner with Overglaze Enamel Design with Box Inscription by Maeda Toshika, and Related Works

著者: 今井 敦(東京国立博物館)

出版者: 東京国立博物館

掲載誌,書籍: MUSEUM 第718号

2025年 10月 15日 公開

関連研究員(当館): 今井 敦 

データ更新日2025-10-17

 東京国立博物館に最後の大聖寺藩主前田利鬯(1841~1920)が箱書をした色絵香炉が収蔵されている。この香炉は明治44年(1911)に市河三陽(1879~1927)から購入している。三陽は幕末の書家市河米庵(1779~1858)の孫で、米庵は加賀前田家に仕官している。市河家秘蔵の色絵香炉に前田利鬯が極書をしたとするのが最も自然な解釈であろう。
 素朴な筆遣いで竹と蝶が描かれている。利鬯はまた近年発見された書簡において、「古九谷」の素地は宮本屋窯に近いという見解を示しており、大正時代末から昭和時代初期に「古九谷ブーム」が興る以前の前田家周辺の「古九谷」像は、今日われわれが考える「古九谷様式」よりもかなり限定されたものであった可能性が高い。
 この香炉と同趣の絵付けが施された色絵山水図皿が東京国立博物館にある。昭和6年(1931)に購入しており、東京国立博物館所蔵の「古九谷」の中では収蔵の年次が比較的早い。筆遣いは稚拙と言ってもよいほどで、色絵の技術の初期的な様相が見て取れる。
 佐賀県立九州陶磁文化館名誉顧問の大橋康二氏より香炉は肥前有田の長吉谷窯産、皿は猿川窯産とのご教示を賜った。香炉は明治時代の前田家周辺における「古九谷」観を物語る作品として、また皿の方は肥前有田における最初期の色絵の様相、いわゆる「古九谷様式」の出発点を窺い知ることができる例として重要な位置を占めると言えるだろう。